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◆ 日本学術会議の「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」と題する報告書を見て
大阪大学医学系研究科 本行 忠志 |
日本学術会議の「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」と
題する報告書を見て
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大阪大学医学系研究科 本行 忠志 |
目 次
はじめに
甲状腺被ばく計測について
平均値のトリックについて
放射線の影響の受けやすさの個人差について
おわりに
この報告書に関しては、憤りを通り越して、笑えてしまいます。
さて、福島で発生している甲状腺がんが原発事故と関係ないとする最も大きな根拠として、「福島とチェルノブイリ原発事故では、甲状腺等価線量は桁違いに違う」ことがあげられています。
この学術会議の報告書の表3「甲状腺等価線量の分布」(下表)をご覧ください。
(クリックすると拡大します)
これは、福島の1080人の子供とチェルノブイリの2.5万人の子供を比較したもので、福島では99%以上が0~30mSvにチェルノブイリでは99%以上が100~上限は5000mSv以上の範囲にはいるというものです。
この(ドヤ顔をした)表をみれば、誰の目にも被ばく量が桁違いに違うようにうつりますが、果たしてそうでしょうか。
ここで、「チェルノブイリと福島では被ばく量が違いすぎるか」について少しおさらいしておきましょう。
福島においては悲しいことに甲状腺被ばくの直接計測がほとんど行われませんでした。実際に子供の甲状腺被ばく線量測定が行われたのは、1080人(飯館村、川俣町、いわき市、(放射線医学総合研究所))と8人(浪江町、津島地区、南相馬市、(弘前大学))の計1088人のみです。
弘前大学はさらに検査人数を増やす計画でした。しかし、県が「不安をかき立てるからやめてほしい」と中止要請をしたとのことです(毎日新聞2012年6月14日)。
いずれにしても、ウクライナでは約13万人の子供が甲状腺の直接測定を受けているという事実(Likhtarov I. Ukraine. Report
1 , 2005)に対してお粗末すぎます。
しかも、放医研が行った1080人に対する検査は空間線量率測定用の簡易サーベイメータ(ウクライナや弘前大学の8人の測定には核種分析できるスペクトロメータが使用された)であり、バックグランドの方が甲状腺の実測値より高いところで計測している例もあるので正確とは程遠いと考えられます。
ヨウ素-131は半減期が短い(約8日)ので、できるだけ早期の計測が必要ですが、正確なヨウ素の被ばく線量と発がんの関係は永遠に求められなくなりました。
チェルノブイリの同程度の汚染地域であっても甲状腺の内部被ばくの蓄積線量は都会と郊外で大きく異なります。郊外では家庭菜園が一般的で原発事故後もその収穫物を食べ続けたため、桁違いの被ばくをしている例があり、この場合、平均値がかなり上がるため、福島の平均値と大差があるように見えるかもしれません。
(わかりやすい例えとして、具体的にチェルノブイリと福島の甲状腺の被ばく量分布をそれぞれ20例ずつシュミレーションしてみましょう。
チェルノブイリ: |
10mSv 4人、30mSv 3人、50mSv 3人、100mSv 3人、500mSv1人、1000mSv 3人、2000mSv 2人、3000mSv
1人 |
福島: |
10mSv 5人、20mSv 4人、30mSv 3人、50mSv2人、80mSv 1人、100mSv1人 |
とすると、(チェルノブイリの半数以上が100mSv以下であるにも関わらず)それぞれの平均被ばく量は554mSv、29mSvとなり、非常に大きな差に見えることが分かります。)
実際、有名な論文(Tronko MD, et al. Cancer, 1999; 86: 149-156.)では、ウクライナの小児甲状腺がん患者(手術時14歳以下)345例の甲状腺被ばく線量の分布をみると、100mGy以下が51.3%と半分以上を占めており、低線量被ばくでがんが発生していることがわかります。
もう一つ、有名な論文(Cardis et al, J Natl Cancer Inst 97;724-3, 2005)において、?ロシアの子供(がん患者+非がん者)だけの被ばく線量でみると92.3%が200mGy未満で、桁違いに多い被ばくでないことが示されています。
従って、「福島での被ばく量はチェルノブイリに比べはるかに低いので甲状腺がんの発生は考えられない」という論法は成り立たないと考えられます。
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この報告書では、個人差(個体差)について全く触れておりません。この報告書に限らず、放射線に関しては、個人差が取り上げられることがほとんどないのが不思議でなりません。アルコールに非常に弱い人、強い人がいるように、放射線にも非常に弱い人、強い人がいるのは当然のことです。
ICRPでも確定的影響のしきい値に関しては、すでに1%の人が発症している値を取っており、これは、放射線に非常に弱い人が少数存在することを示しており、言い換えれば、わずかな放射線でも影響を受ける人がいることをこの報告書は完全に無視していることになります(1%は少なく見えますが、30万人だと3,000人となります)。
下図は甲状腺の子供と大人の放射線の影響の違いに関して、よく引用されるグラフです。
このグラフは頭頚部の疾患に対して行われたX線治療によって発生した甲状腺がんの過剰相対リスクを15歳未満と15歳以上に分けており、グラフの傾きからリスクは15歳未満の方が10倍以上高いことがわかります。
平均で10倍以上ですから、非常に若い人では何10倍にもなることが容易に予想されます。
これは甲状腺の外部被ばくの例ですが、内部被ばくでも同程度子供の方が甲状腺がんが起こりやすいと考えて良いのではないでしょうか。
証明は難しいですが、甲状腺は放射線に対して非常にsensitiveでfrailな組織の感じがします。
いずれにしても(UNSCEARやICRPのように)2~3倍はあり得ないと考えます。
報告書のように、その場しのぎ(逃れ)をしていては将来何の役にも立たず弊害になるだけで、この報告書に従えば、今後福島と同じような事故が起こった場合、事故直後の甲状腺計測は全く行われず、安定ヨウ素剤も行き渡らず、甲状腺がんも同じように発生するであろうことが予想され、きわめて心配です。
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