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 ◆ 落合栄一郎氏新刊『放射能は人類を滅ぼす』緑風出版の紹介と
   京都での来日記念講演会の意義について
  (渡辺 悦司)

落合栄一郎氏新刊『放射能は人類を滅ぼす』緑風出版の紹介と
   京都での来日記念講演会の意義について

渡辺 悦司

目 次

落合栄一郎氏のプロフィール
新刊の主要な論点
京都での落合栄一郎氏の講演会の案内とその意義について



 生物無機化学という化学の新分野の世界的開拓者の一人であり、カナダ・バンクーバーにおける反核平和運動の指導者の一人であり、日本でも放射線被曝の危険性を訴える中心的な著述家の一人として知られる落合栄一郎氏が、まもなく来日され、京都でも11月4日に講演会が行われる。これに合わせて、落合氏の最新刊である『放射能は人類を滅ぼす』緑風出版(2017年1月刊)の紹介を行い、本書に基づいて議論が広く行われるよう訴えたい。

  落合栄一郎氏のプロフィール

 落合氏は、1936年東京に生まれ、東京大学工学部を卒業、同大学院で工学博士号を取得した。東京大学の助教に就いた後、米化学巨大企業デュポン研究所からの誘いを断り、カナダ・ブリティシュコロンビア大学、米国・ジュニアータ大学(平和教育で有名)などで化学の研究と教育に従事。この間、「生物無機化学」の世界最初とされる概説書Bioinorganic Chemistry, an Introduction(Allyn and Bacon, 1977)を出版。多くの大学院レベルの教科書として使われ、落合氏は生物無機化学という化学の新分野の創設者の一人となった。
 2011年の福島原発事故は、落合氏にとっても衝撃であった。「『これは大変なことになった』と驚愕し、この問題を科学者として、にわかに勉強しだした」という。「放射性物質の多くは、無機元素に基づくもので、内部被曝になると、それが生体内でどのように振る舞うかが問題になり、自分の専攻分野(生物無機化学)とも関連してくる」「基本的な問題は核反応と化学反応が交錯する現象だということである」と、落合氏は書いている。
 落合氏は、事故後、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」が結成されるとすぐに参加。山田耕作氏や私(渡辺)とはそのメーリングリストでの活発な討論の中で知り合った。
 落合氏は、カナダ・バンクーバーに居を定め、当地の「憲法九条の会」を中心に「原爆展」を毎年組織するなど反核平和運動の分野でも積極的に活動してきたが、2011年の11月には福島事故の問題について講演。その際の内容は『原爆と原発:放射能は生命と相容れない』(鹿砦社、2012)として出版された。2013年には、英文の著作Hiroshima to Fukushima (Springer、2013)を発表。これはこの問題に関する落合氏の主著と言える。同書は、アメリカの官民が組織しているInternet Archive にも指定されており、無料でダウンロードできるようになっている。この事実も、同書が国際的に注目されていることを示している。同書中の、細胞や分子のレベルでの放射線の作用と福島原発事故の健康影響の部分を中心に日本語訳されたのが、『放射能と人体』(講談社ブルーバックス新書、2014)である。今回刊行された『放射能は人類を滅ぼす』(緑風出版、2017年)は、いわばその続編と言える。
 趣味は音楽。バンクーバーの合唱団に所属し、バッハの『マタイ受難曲』や『ミサ曲ロ短調』、モーツアルトやヴェルディの『レクイエム』などの名曲を歌われている。

  新刊の主要な論点

 落合氏は、本書の目的を、「放射能専門家という地位にある人々が喧伝している『放射能安全神話』の誤りを検証する」ことであると、はっきりと述べている(10~11ページ)。氏は、「今回の(事故の)放射能による健康への影響は心配するほどではない」という「核を保持したい側」の主張が「声高なウソ」だと断罪。さらに、「放射能安全神話」が反原発運動内部にまで浸透している事実を指摘し、このような被曝容認の姿勢が反原発運動を「実態のない運動」にしていると鋭く批判している(12ページ、164ページ)。
 以下、本書が扱っている注目すべき論点を列挙しよう。
  1.  放射線被曝による健康被害についての歴史的な要約。広島・長崎の原爆から、核実験、核事故とくにチェルノブイリ、原発通常運転、ウラン鉱山、核兵器工場、プルトニウム人体実験など、長い被曝被害の歴史の中で福島原発事故の健康被害を位置づけるべきである(第1部)。

  2.  核反応と化学反応のエネルギーレベルの隔絶した違い(核反応は化学反応の100万倍)。ここから「放射能・放射線と(化学反応の世界にいる)生命は相容れない」という「根本命題」が出てくる(第4章)。

  3.  放射線致死量10Svは、全細胞当たりで計算して、細胞1個当たり30万個ほどの分子が破壊された場合には死に到るということを意味する。100mSvの場合でも全細胞が各々3000個、10mSvでも300個の分子が破壊されることを意味する(第6章)。

  4.  このような比例関係が「がんの発症確率は被曝線量におおよそ比例」するというLNT(閾値なし直線関係)の基礎である。現実のデータのなかには、極低線量でむしろ影響が上昇するという2回上昇型のカーブ(ブルラコーバ・モデル)になる例も紹介している(第7章)。

  5.  内部被曝の場合、周辺の細胞組織を集中的に被曝させるので、ベータ線が到達する周辺組織2g程度(アルファ線はさらに短い)については、通常定義される被曝線量の500倍が実質的な被曝線量強度となる(1mSvなら500mSvとなる)(第10章)。

  6.  体内に入った放射性物質が「生物学的半減期」に従って指数関数的に減少していくという一般に行われる想定は、現実には生じない。体内濃度は初期には速く減少するが、排泄は途中で止まってしまい、停滞する。非水溶性微粒子で体内に侵入したような場合や、骨などに沈着した場合には、半永久的に体内に留まる(第10章)。

  7.  福島原発事故では、東京に降下した放射性物質の89%は非水溶性の「ガラス状になった微粒子」であった(阿部善也氏の引用)、このような微粒子の健康影響が重要である(第11章)。

  8.  各核種ごとの各臓器への作用の詳しい分析が第12章にある。とくに、セシウムの心臓に対するだけでなく腎臓への影響、ストロンチウムの造血器官だけでなく脳細胞間のシグナル伝達への影響、体内で重要な役割を果たしている金属元素が放射性金属元素に置き換わる場合の影響などの分析が注目される。

  9.  放射能の生命への影響は、生物進化の結果「防護機構を獲得した」自然放射能と、「まだ防護機構をもっていない」人工放射能とでは、「根本的に違う」という考え方が行われてきた。そのような見解そのものに疑問が提起されている点、注目される。カリウム40など天然に存在する放射能(線)は「無害である」という見解は「無意味」であり、自然放射能も人工放射能と同様に「有害である」としなければならない。また、人工放射能のリスクについては、自然放射能と対比するのではなく、天然放射性物質のリスクに新たに人工放射性物質のリスクが「上乗せされる」という考え方をすべきである。とくに人工放射性物質が「微粒子の形で」出てくる場合には、「特定箇所に濃縮」し、とくに危険である(第14、20、21章)。

  10.  原発の通常運転が生みだす放射性廃棄物の規模の指摘も重要である。原発1基が1年間の稼働で作り出す放射性物質は、広島原爆の1000個分。全世界で稼働中の原発を440基中200基と少なめに見積もっても、30年間の稼働では600万発分となり、天文学的な量となる(第2部の結論)。

  11.  福島原発事故の放射能放出量は、大気中・海水中・汚染水中の合計で見ると、政府発表の数字でも、セシウム137ベースでチェルノブイリの約2倍。しかし、政府は、屋内での線量を屋外の40%とし、屋外8時間屋内16時間過ごすと仮定して、住民被曝量を空間線量の60%と計算。放射線測定器の測定値に関しても過小表示するように操作している。このように政府は系統的に被曝量を過小評価している(第15章)。

  12.  福島の子供の甲状腺がんが放射線起因であること(とくに地域的な分布と男女比)、チェルノブイリでも半数以上の子供の被曝量は100mSv以下であること、チェルノブイリ事故による健康影響を甲状腺がんと白血病だけに限定するUNSCEARの見解は誤りであること、鼻血は放射性微粒子の付着によるもので明らかに放射線関連であること、除染は「移染」にすぎないこと、低線量被曝を喫煙やX線撮影などと比較して「大したことがない」という比較は「無意味」であること等々の重要な指摘がある(第16~22章)。

  13.  1945年の広島・長崎の原爆投下によるその後の日本のがん死亡率の歴史的な上昇がはっきり見られる(第24章)。

  14.  放射線の危険を指摘する議論を「風評被害」だと批判する議論について、落合氏は正当にも次のように述べている。「東電を非難することはせずに、消費者を非難する。疑いを持つ消費者を非難するということは、放射線の負の影響を無視せよということに等しく、原子力側を支援していることになる。非難する対象を間違えている」と(第5部)。

  15.  トリチウムの危険性の指摘も、ヘリウムへの壊変による分子構造の破壊も含めて、短いものではあるが重要である(上同)。

  16.  「放射線は生命と相容れない」という確信に基づき、この確信を共有する科学者・ジャーナリストが「真実を学び多くの市民に真実を知らせる」という「新しい役割」を「勇気をもって行わないかぎり人類に未来はない」。落合氏の著作は「科学者・ジャーナリストよ、立ち上がれ」という呼びかけで終わっている(あとがき)。
 これらは、内容豊かな本書のほんの一部でしかないが、多少とも紹介になれば幸いである。
 もちろん、読者の中には、すでに『放射能と人体』の中で指摘されていた、放射線の間接的作用(放射線の生みだす活性酸素・フリーラジカルによる組織損傷作用)の極めて広範囲で多様な諸形態、放射線感受性の個人差の問題すなわち修復遺伝子の変異(ATM/ATRなど)を持つ特に高感受性の人口集団の存在、低線量放射線による遺伝性影響の問題、現在急速に進むがん発症の分子生物学的過程の評価などについて、さらに具体的な展開があれば、という印象を抱く方々がおられるかもしれない。落合氏は、これらの点も含めて、体系的な著作を準備中とのことであり、大いに期待される。

  京都での落合栄一郎氏の講演会の案内とその意義について

 最後に、落合栄一郎氏の京都での講演会の案内は下の通りである。
 昨年の落合氏の京都での講演も「感動的」(参加者の発言)であったが、今回も、参加者に大きな知的発見を与えるだけではなく、政府や原発推進勢力による「被曝安全安心論」や放射線被曝の国民への強要政策と闘っている人々に勇気と確信を与えるものとなるであろう。
 落合氏と共に市民と科学者の内部被曝問題研究会で活動されてきた山田耕作氏も、日本学術会議の「子ども被ばく」報告の批判をテーマに講演される。同報告は、京都の原発事故賠償裁判でも政府側に立って意見書を提出した佐々木康人氏が中心になって作成されたものである。
 現在、被曝被害をめぐる情勢はとくに緊迫している。多発する健康悪化を受けて福島だけでなく東京・関東圏から避難する住民が増えている。原発事故の賠償をめぐる裁判闘争は全国各地で闘われている。そのような中で、日本学術会議は「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」報告書を公表した。それは、福島原発事故が放出した放射能によって「何の健康影響も生じない」という見解を、放射線感受性の高い子どもにまで拡大し、20mSv/年の基準の子どもへの適用を正当化し、それに合わせて子どもの医療被曝限度を大幅に緩和しようとする方向を明示している。政府・原発推進勢力は、公然たるデマと放射線による「大量殺人」の論理を、あたかも「科学者の総意」であるかに装って、国民を「洗脳」しようとしている。今回の講演会は、このような動きに明確に反対し抗議する科学者と市民の最初の行動の一つともなるであろう。

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