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 ◆ 日本学術会議「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」報告書
 全体の欺瞞的性格と現存被曝状況に対する科学者の責任について
 ――批判シリーズ その1――
  渡辺悦司

日本学術会議「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」報告書

全体の欺瞞的性格と現存被曝状況に対する科学者の責任について
――批判シリーズ その1――
市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2017年9月28日
2017年10月9日改訂

目 次

 はじめに:現存の被曝状況に対する科学者と学術会議の責任について
 学術会議報告の主要な論点
 「予防原則」が欠落した極めて危険な文書
 不誠実で欺瞞的な文書
 遺伝性影響の存在は実証されている
 UNSCEAR、ICRPは人間の遺伝性影響を認めている
 現実に「ある」周産期死亡率の上昇を「ない」と決めつける
 LNT(しきい値なし直線モデル)否定の方向を示唆
 集団線量とICRPリスクモデルを無視
 年間20mSv地域への住民帰還で何が起こるか
 国連科学委員会(UNSCEAR)の本質
 UNSCEARの集団線量リスクモデルの意義と限界
 UNSCEARの方向転換(リスク過小評価からリスクゼロへ)とその矛盾
 子どもへの被曝影響の集中、「民族の死」をも導きかねない亡国の報告書

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 はじめに:現存の被曝状況に対する科学者と学術会議の責任について

 9月1日、「日本の科学者コミュニティの代表機関」を憲章に掲げる日本学術会議が、「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題―現在の科学的知見を福島で生かすために―」と題する報告書を発表した。それは読むものを唖然とさせる。
 そもそも、学術会議報告が問題にしている「放射線被ばく」とは何だろうか。学術会議は、1949年の発足以来一貫して原発推進政策を先頭に立って進めてきた。その原発推進の結果が、福島第一原発での重大事故と放射能汚染であり、福島とその周辺諸県の住民、東京・関東圏の住民ひいては日本国民全体を覆っている現在の被曝状況である。その放射線源は、過小評価された日本政府の発表でも、長期的影響を評価する際の指標とされるセシウム137ベースで、広島原爆168発分、そのうち日本の国土に降下したそのおよそ2割、広島原発約34発分である。つまり、学術会議報告が問題にしている「放射線被ばく」とは、いわば、学術会議自身が、原発推進に協力することによって、自分でつくりだした結果なのである。
 学術会議報告は、「健康影響に関する科学的根拠」として「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」「国際放射線防護委員会(ICRP)」などの国際機関の見解に依拠するとしている。だが、これら国際機関のリスクモデルが示しているのは、極めて多数の成人と子どもの病気と死が現在までおよび今後の被曝により生じるという予測である(後述)。いわば「静かに進む住民のとくに子どもの大量健康破壊と大量死」というのが現在の被曝状況なのである。
 本来、原発推進に一貫して協力してきた学術会議は、事故を引き起こし国土を放射能で汚染し人々に莫大な損害と健康被害を与えたことに対して有責であり、主犯である東電・日本政府と共に、共犯者として責任を問われ、また然るべき罰を受け、償いをしなければならない。つまり、学術会議報告が扱っている「被ばく」とは、学術会議自身の過ちが引き起こした、それに対し本来ならば訴追を受けるべき学術会議自身の犯罪のことなのである。
 ところが、驚くべきことに、学術会議報告には、この、原発事故とその結果生じた「被ばく」状況に対する科学者の責任、その「代表」としての学術会議の責任について、何の言及も、何の反省の弁も、被害者への何のお詫びの言葉もない。何もない。正反対である。
 学術会議報告は、事実上、自分が重要な役割を果たした重大過誤の結果として生じている「子ども」の放射線被曝による健康被害の全てを、「科学」の名において「予測されない」と全否定する。事故による被曝のリスクは、100mSv以下の健康影響のない「わずかなリスク」だからは「社会的に受忍しなければならない」と主張する。「ゼロリスク」を求める住民に対して矛先を向け、「科学的知見」と称するもの(福島事故健康被害ゼロ論)を伝達する「放射線リスク教育」の実施を求めている。自分の犯罪の結果として生じている被曝状況と、それによる子どもと住民の大量健康破壊と大量死とを、恥知らずにも、「科学」の名の下に全否定し、国民に「受容」を要求し、「教育」という名の洗脳を実施し、自己の犯罪を正当化しようと試みているのである。
 犯罪者が、自分の犯した過ちの重大な結果について、何の反省もなく、責任も取らず、「科学によれば何の被害も予測されない」と主張したとしても、誰がその言説を真摯なものと受け取るであろうか。本来なら責任追及と訴追を受けるべき日本の科学者の「代表」が、破廉恥にも居直って、広島原爆168発分の放射能が日本と世界に降り注いでも「何の健康被害ももたらさない」と公然かつ堂々と主張するのであれば、それは「科学」の仮面をかぶったデマ以外の何物でもない。
 日本の科学者の「代表」たる学術会議は、単なるデマ集団に堕してしまったのだろうか。子供たちが、住民が、放射線影響による「確率的」な死に瀕しているだけではない。日本の科学の基本精神が、科学者の良心が、死に瀕している。今回の学術会議報告は、いわば、「死臭ふんぷんたる」最悪の文書なのである。

注:これは明かな過小評価であり、実際には大気中放出で400~600発分程度、海水中・汚染水中への放出を入れれば4000発程度であろうが、今はこれらの点は置いておく。


 学術会議報告の主要な論点

 学術会議報告は、日本政府がこれまでから主張してきた、事故放出放射能による健康被害全否定論(ゼロリスク論)を、「子ども」の被曝と健康影響に押し広げ、さらには「子ども」への放射線診断・治療の被曝影響にまで拡大することを主眼としている。同報告の主要な論点は以下のように要約できる。
  1. 子ども(学術会議は0~18歳を子どもと定義)の放射線感受性は成人の2~3倍、甲状腺の場合乳児で8~9倍(最大29倍)であることを認めた上で(2、4ページ)、「標準人の実効線量の推定値として求められた実用量」(被曝基準のこと)が「子どもにとっても十分安全側の推定値となっている」(つまり「年20mSvで帰還」というような基準をそのまま子どもに適用すればよいという主張)(5ページ)。
  2. 子どもについて、生涯のがん発症リスクは成人の「3倍」であるが、それでも「事故による放射線被ばくに起因し得るがん」が被曝した子どもの間で「増加するとは予測されない」(ii、2、3ページ)。
  3. 事故による死産、早産、低出生時体重、先天性異常、遺伝性影響は「みられないことが証明された」(9ページ、14ページ)。
  4. 福島の子どもの甲状腺がんが、放射線関連である「理論上のリスクはある」が、実際には「放射線誘発がん発生の可能性は考慮しなくてもよい」(ii)。
  5. しきい値なし直線モデル(LNT、低線量でも被曝量に比例してリスクがあるというモデル、UNSCEAR、ICRPなどの国際機関のリスクモデルの基礎となっている)は「科学的妥当性の検証」を行わなければならない(つまり、低線量ではリスクがゼロとなる「100mSv しきい値」モデルを採用すべきだと示唆)(iiiページ、16ページ)。
  6. 放射性セシウムについて「内部被ばくに比べ外部被曝の方が(被曝量が)はるかに大きい」(内部被曝とくに放射性微粒子の危険性の無視・軽視)(12ページ)。「食品中の放射性セシウムから人が受ける放射線量」は「極めて低い」、「学校給食の検査には被曝低減の効果はほとんどない」(廃止を示唆)(13ページ)。
  7. 福島県県民健康調査の検査結果は、子どもの「心に傷を負わせる」ので、「知らない権利」を尊重し、公表のあり方について「議論を深める」べきである(非公開の方向で検討すべきと示唆)(iii、18ページ)。
  8. いろいろな「動植物の奇形」の報告は「流言飛語レベルの情報」である(10ページ)。
  9. 「子どもへの放射線診断・治療の(高線量を含めての)適用が広がる傾向」があるが、これを推進するように、規制上も検討すべきである(放射線防護原則を1950年代のアリス・スチュアートの調査以前に戻すことを示唆)(7~9ページ)。
  10. 「科学的知見を一般社会に正しく伝達するリスクコミュニケーションと放射線リスク教育」を行う方向で検討すべき(12ページ)、等々。
  これに対して、私の知っているだけでも、すでに科学者や医師の中から、「学術会議の権威のもとウソを国民に信じ込ませるもの」「憤りを通り越して笑えてしまう」「インチキなだけでなく日本民族の滅亡に導く」という鋭い批判が上がり始めている。それは当然である。日本のすべての科学者と医師・医療従事者、さらには国民全体に、この報告を認めるか拒否するか、歓迎・推進・迎合・屈服するのか批判・闘争するのかが、文字通り「迫られている」のである。

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 「予防原則」が欠落した極めて危険な文書

 最大の問題は、学術会議報告には、放射線防護における「予防原則」の基本精神が全く欠如していることである。つまり、子どもを「放射線被曝から防護する」という基本的観点に欠け、子どもを「被曝させても影響がない」という方向性を、「科学」的外観の下に、欺瞞的にしかし露骨に、主張していることである。
 被曝の健康被害についての学術会議報告のキーワードは、「因果関係は判断できない」「確認されていない」「証明されていない」「証拠がない」「検証できない」「有意でない」等である。いま、仮にそうだと仮定しよう。その場合でも2つの選択が可能である。①予防原則に従って、「確認されていない」が「ある」可能性のあるリスクを回避し、被害を「予防」する方向で判断し、防護策を講じるか、②「確認されていない」リスクは「ない」ものと判断し、「被曝しても影響はない」と評価して、リスクの回避も防護手段も採る必要はないという方向をとるかである。これはまさに決定的な分岐点である。
 学術会議報告では、放射線防護研究者の多数の見解として以下の主張がなされている。「被ばく線量が少ない場合(チェルノブイリと比較しての福島原発事故の場合が示唆されている)、わずかなリスクの増加があったとしても、日常生活における被ばく量や他のリスクに比べて十分小さいのであれば、社会的に容認できる=これ以上の防護方策を講じる緊急性は乏しい、と考える」(15ページ)と。
 学術会議報告は、2つの選択の中で、「未確認」リスクを無視する方向を選択し、子供たちの生命と健康を被曝リスクに曝し、子どもの基本的人権を踏みにじり、さらには科学者としての最低の良心、社会生活において最低限守られるべき信義・誠実の原則にさえ悖(もと)る主張を展開する道に進んだ。


 不誠実で欺瞞的な文書

 同じく深刻な問題は、文書が極めて不誠実で欺瞞的である点である。その例は多数挙げることができる。
 学術会議報告は、端的に言って「国際権威主義」である。UNSCEARやICRPなどの報告書が「健康影響に関する科学的根拠」である(iiページ、2ページ)として、真理の基準を、科学や科学研究それ自体ではなく、外的な権威に求めている。これは、科学のもつ客観性を頭からの否定するものだが、この点の検討の前に、学術会議報告が、UNSCEARなどの報告書でさえ、不正確どころか極めて不誠実に引用している事実を指摘しなければならない。
 例を挙げよう。放射線の遺伝性影響が人間について「ある」か「ない」かという根本問題において、学術会議報告は、UNSCEAR 2001年報告に依拠して次のように述べている。「原爆被爆者二世をはじめとして、多くの調査があるが、放射線被ばくに起因するヒトの遺伝性影響を示す証拠は報告されていない」(3ページ)と。これだけ見ると、UNSCEARは遺伝性影響が「ない」かのように示唆していると思われても仕方がない。
 ところが、元のUNSCEARの報告書の方は、たしかに学術会議報告が引用した内容を述べているが、それにすぐ続けて、結論として次のように結んでいる。「しかし、植物や動物での実証研究で、放射線は遺伝性影響を誘発することが明確に示されている。ヒトがこの点で例外であることはなさそうである」(『放射線の遺伝的影響』9ページ、100ページ)と。つまり、UNSCEAR報告は、放射線の遺伝性影響は、動植物の場合と同様に、人間についても「証拠は報告されてない」が「ある」可能性が高いというのである。人間の遺伝性影響は「ない」を強く示唆する学術会議報告は、UNSCEARと全く反対の評価をしているのである。


 遺伝性影響の存在は実証されている

 しかも、この「放射線被ばくに起因するヒトの遺伝性影響を示す証拠は報告されていない」という評価は、明らかに誤りである。
 学術会議報告自体が、この評価を述べたすぐ後に、それに全く反する形で「臓器の奇形発生」「生後の精神発達遅滞」「小頭症」を遺伝性影響の具体的形態として挙げている(3ページ)。
 欧米で一般的に使われている大学の教科書、リッピンコット『放射線医・技師のための放射線科学』(英文)を見てみよう。それによれば、母胎内で被爆して出生した被爆者の調査は、小頭症と知的障害(精神発達遅滞)について、放射線影響を明確に認めているだけでなく、小頭症についてはしきい値がない(低線量でも発症が被曝量に比例する)可能性が高いことを指摘している(179~182ページ)。
 同書は、医療被曝した患者の事後研究によって、上の2例に加えて、さらに二分脊椎、両側内反足(足の奇形)、頭蓋骨の形成異常、上肢(腕)奇形、水頭症、頭皮脱毛症、斜視、先天性失明など、多くの先天性異常が報告されていると明確に記載している。

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 UNSCEAR、ICRPは人間の遺伝性影響を認めている

 国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告は、放射線の遺伝性影響の存在を「明確に」(これは同勧告自体の言葉)認めている。同勧告は、遺伝性のリスクを1万人・Svあたり20例、うち致死性を16例、非致死性(つまり生児出産)を4例と推計し明記している(143ページ、表としては139ページなど、またこれは線量線量率係数DDREF=2の下でのことなので、低線量に関する評価である)。だが、学術会議報告はこの点を無視している。
 さらに、UNSCEARやICRPは、遺伝性影響について、倍加線量(DD)という基本概念を提起しているが、学術会議報告はこれも無視している。これら国際機関によれば、倍加線量は1Gyと推計され(UNSCEAR推計の中央値は0.82Gy)、この量の被曝により、自然的に発生する突然変異発生数と同数の突然変異が誘発されると考えられている(UNSCEAR前掲書101ページ、ICRP175ページ)。
 現在の日本の年間出生数はおよそ100万人なので、UNSCEARの先天異常の自然発生確率6%(前掲書100ページ)を採用すると、自然発生的な「先天異常」の生産児は年間約6万人となる。DD=1Svを用いると、政府がそれ以下では放射線影響が「ない」と言う100mSvを被曝したと仮定とすると、上の10分の1の約6000人に先天異常の過剰発生が予想される。政府の帰還基準の年間20mSvとして年1200人、公衆の被曝基準の年間1mSvとしても年60人に先天異常の過剰発生が想定される。国際機関によれば、先天性異常の発生が「ない」とは決してならないのである。
 UNSCEARは、いろいろな遺伝性の「慢性疾患」を持つ自然発生の生児出産数を、生児出生全体の65%と推計している。日本での年間出生数100万人あたりおよそ65万人である。したがってこの場合も、LNTを前提すれば、100mSv被曝で約6.5万人(合計で72.5万人)、年間20mSvで年約1.3万人、年間1mSvでさえ年650人の過剰発生となる。
 もちろん、UNSCEARは、この場合にも、この予測される数値に、さらに「突然変異成分」と「潜在的改修能補正係数」を掛けて係数操作し、先天異常について上記の4.5~9%に、慢性疾患については0.04~0.18%にしている。しかし、それでも、親の被曝1Gyに対して100万人あたり合計で3000~4700人の遺伝性影響が「ある」と推計している(94~95ページ)。被曝量100mSvではこの10分の1であるので、300~470人、年間20mSvの場合はこの50分の1であるので、年間の被曝に対して60~94人である。
 このように、国際機関の評価によれば、遺伝性影響のリスクは決して「ゼロではない」。かなりの数である。学術会議報告が試みている「ヒトでは遺伝性影響がない」「胎児影響はないことが証明されている」という議論の方向付けは、明らかに、学術会議報告が「科学的根拠」と称する国際機関の見解にさえ真っ向から反する、明確な嘘であるといわざるをえない。
 もちろん、これら国際機関のリスクモデルには大きな過小評価がある。欧州放射線リスク委員会(ECRR)によれば、遺伝性影響の分野ではとくに大きく、2000分の1から700分の1程度の過小評価があるとされる(『2010年勧告』221ページ)。また、学術会議報告が無視している問題として、放射線被曝による精子・卵子への影響とくに精子数の低下、受胎数・妊娠数の減少、流産・死産の増加、それらの結果としての出生数の低下などの被曝影響がある。だが、今は遺伝性影響が「ある」か「ない」かが問題であり、これらの点の検討は置いておく。


 現実に「ある」周産期死亡率の上昇を「ない」と決めつける

 文書の不誠実さと欺瞞性を表すもうひとつの事例を見てみよう。
 厚労省が毎月発表している人口動態統計にある「周産期死亡」(妊娠満22週[154日]以後の死産と,生後1週未満の早期新生児死亡を合わせたもの)の動向において、汚染度が高い福島と周辺諸県の周産期死亡率が、事故10ヵ月後から15.6%上昇したことが、ドイツのハーゲン・シェルブ氏や日本の森国悦・林敬次医師らによって報告され、ドイツやアメリカの複数の国際的医学雑誌に掲載されている。周産期死亡率にはっきりと事故の影響が見られることは、いまや証明された科学的事実である。
 だが、学術会議報告は、「死産、早産、低出生時体重および先天性異常の発生率に事故の影響が見られないことが証明された」(9ページ)と一方的に決めつけている。しかもこの結論は、上記の国際機関以外のわずか2本の論文を参照して導き出されており、異論の存在さえ指摘されていない。

注:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5044925/

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 LNT(しきい値なし直線モデル)否定の方向を示唆

 学術会議報告が、「科学的根拠」とするという国際機関の見解に真っ向から反しているもう1つの事例は、LNT(しきい値なし直線モデル)の評価である。
 学術会議報告は、LNTについて「LNTモデルが科学的に実証された根拠として認めるかどうかには、専門家の間で見解の相違がある」「LNTモデルの科学的妥当性の検証は極めて重要な論点になる」として、LNT見直しの方向を示唆している。だが、この場合には、なぜか「科学的根拠」としてのUNSCEAR報告は引用していない。
 しきい値(閾値、しきい線量ともいう)が存在するかどうかに関する議論について、UNSCEAR2006年報告書は、たしかに「疫学だけでは放射線リスクにしきい線量が存在するかどうかについての問題を解決することはできないだろう」と書いている。だが、それを述べた後、UNSCEARは「生物学的機構のより良い理解が不可欠である。とくに、極めて低い線量におけるリスク上昇を疫学的方法によって検出できないことは、がんリスクが上昇していないことを意味しているのではない」とわざわざ警告している(2006年報告5ページ)。UNSCEARは、学術会議報告の示唆する方向を、リスク軽視として批判しているのである。UNSCEARはまた「DNA修復の研究および放射線腫瘍形成の細胞・分子的過程は、腫瘍の誘発一般に対して低線量しきい値があるであろうと仮定する良い(有効な)理由を提供しない」(2000年報告[原書]10ページ、訳文はICRP211ページより)とも指摘している。
 ICRPも同じである。「約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん・遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうと仮定する」のが「科学的にもっともらしい」としている(17ページ)。さらに、「直線しきい値なし(LNT)モデルが、放射線被ばくのリスクを管理する最も良い実用的なアプローチであり、『予防原則』(UNESCO、2005)にふさわしい」としている(9ページ)。
 学術会議報告が「科学的妥当性の検証を行わなければならない」としているLNTは、それが「科学的基準」とする国際機関においては「科学的に妥当」であると認められているのである。この点でも、学術会議報告は、自分にとって都合の悪い国際機関の見解には沈黙し、それに真っ向から違反する見解を、あたかもUNSCEARが主張しているかのような書き方をしている。その文書の不誠実で欺瞞的な本質は明らかである。
 現実には、このLNTモデルでさえも、極低線量の放射線リスクの大きな過小評価なのであり、直線ではなく上方に膨れたカーブ、あるいは2回上昇型のカーブとなる可能性が高いのだが、この点もここでは置いておこう。


 集団線量とICRPリスクモデルを無視

 LNTの問題にはもう一つの側面がある。LNTに従って、特定の人々が集団として被曝した場合のリスクが、「集団線量」あるいは「集団実効線量」としてモデル化されている。これら国際機関の被曝リスクモデルは、広島・長崎の原爆被爆者の寿命調査に基づいて推計され、その後の各種の疫学研究に従って補正されている。これらは、大雑把で、不確実性が大きいが、しかし被曝リスクが「ゼロではない」ことを示している。学術会議報告が「科学的根拠」とするUNSCEARもICRPもすべて、このリスクモデルを提起している。学術会議報告の著者集団に2名を送り込んでいる放射線医学総合研究所も、同研究所編の著作『低線量放射線と健康影響』(最新版は2012年刊)において、このモデルを認めている(162~163ページ、下表)。

種々の報告による10万人が0.1Gy(100mSv)被曝した場合の生涯リスク 拡大表示

 出所:放射線医学総合研究所編著『低線量放射線と健康影響』医療科学社(2012年)162ページ

 同書によれば、UNSCEARの2つの報告書が推計している10万人が100mGy(100mSvとほぼ同じ)被曝した場合のがん死リスク(白血病および固形がん)の最小・最大値は、462~1460人(生涯期間すなわち成人50年間、子ども70年間に生じる過剰死)である。つまり、特定の人口集団が放射線に被曝した場合、どの国際機関のモデルによっても、決して被害ゼロとはならないことを放医研は自著において公然と認めているのである。
 学術会議報告は、この集団線量と被曝リスクモデルを無視することによって、自分が「科学的根拠」とするUNSCEARやICRPだけでなく放医研の著作さえも裏切っているのである。


 年間20mSv地域への住民帰還で何が起こるか

 たとえ政府の言う「100mSvしきい値論」に立つとしても、避難者10万人が年間20mSv地域に帰還して5年間居住すれば、放医研作成の表の「10万人が100mGy(mSv)被曝した場合」に相当することになる。上記のUNSCEARのモデルによれば、その場合、5年間の被曝により、帰還者のうちがんで亡くなる人が(生涯期間で)およそ460~1500人増えるということになる。20年経てばその4倍の1800~5800人、50年で10倍の4600~1万5000人が過剰死する想定になる。
 子どもの放射線感受性は、学術会議報告自身が最大で3倍と認めている(これも過小評価であり10~15倍と考えるべきだが、今はこの点も置いておこう)。そうだとすればリスクも上記の3倍と考えなければならない。大まかな計算だが、帰還する子どもの数を(福島県の平均と同じとして)約1.9万人とすると、5年間の被曝で約260~830人、20年間で約1000~3300人、70年で約3600~1万2000人ほどの子供たちが(生涯期間に)過剰に亡くなるという想定になる。
 これらは、UNSCEARやICRPモデルを熟知している学術会議の「専門家」には周知のことであろう。すなわち、彼らが行っていることは、知ってやっているのであり、意図的であり、その結果に対する責任関係では「傷害致死」ではなく「殺人」である。現に生じている事態は、放射線被曝による住民の「大量殺人」を、とくに子供たちの集中的な「大量殺人」を、意味していないだろうか。
 もちろん、ICRPが認めるように、これは「不確実性の大きな」推計であろう。だが、国際機関の見解を「科学的根拠」とするのなら、この集団線量リスクについて、はっきりと指摘するのは、学術会議の最低限の義務である。リスクモデルを批判するのであれば、引用し紹介してから、行えばよいだけである。それを怠れば、国際機関が指摘している集団に対する被曝リスクを、意図的に見過ごし、こっそりと国民の目から隠蔽しようとするものであると批判されても当然である。
 この点でも指摘しておかなければならないのは、これらのリスクが、大きな過小評価である点である。ECRRによれば、上記の数字は20倍されなければならない(179ページ)。またUNSCEARやICRPなどが無視している、がん以外の疾患による被害も加えなければならない。つまり年間20mSvという高汚染地域に住民を帰還させて長期に居住させれば、全員が早死するという、「皆殺し(ジェノサイド)」に等しい状況が生じると示唆されているのである。だがこの点の検討もまたここでは置いておこう。

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 国連科学委員会(UNSCEAR)の本質

 ここまで、学術会議報告が、被曝リスクを評価する上で、自分の「科学的根拠」とするUNSCEAR報告やICRP勧告を不正確どころか不誠実に引用し内容を著しく歪めて再現していること、学術会議報告がこれら国際機関の報告「以下」であることを述べてきた。だが、このことは、決して、UNSCEAR報告が科学的に正しく、放射線被曝の危険性を正確に記述していることを意味するのではない。
 UNSCEARは、公式ホームページで書かれているように、核実験による放射能の健康被害に対する世界世論の懸念の高まりに対応して、「放射性降下物(死の灰)などによる被曝の懸念から核爆発の即時停止を求める提案をそらす(deflect)目的で」「放射線の程度(levels)と影響(effects)に関する情報の収集と評価を行うための委員会」として、1955年に当時の核保有国4ヵ国や日本を含む15ヵ国を構成員として設立された。このことからも分かるとおり、UNSCEARは、歴史的に、核兵器保有国の影響力が強く、核保有国の核軍拡の利害、さらには日本など原発を推進する諸国の核開発の利害を強く反映してきた。だが、この利害は、UNSCEARの規定された目的と業務に全く矛盾する。つまり、UNSCEARはどうしようもない二面性と自家撞着を内部に抱えているのである。


 UNSCEARの集団線量リスクモデルの意義と限界

 いままでUNSCEARは、集団線量1万人・Svがもたらす各種がん発症数とがん死者数について、被曝被害が「ある」ことを前提に、リスクモデルの改良を何度となく行ない、世界のいろいろな被曝事象について集団線量を推計してきた。たとえばUNSCEAR1993報告は、その当時までの、核兵器開発、ウラン採掘、原発運転、再処理と核燃料サイクルなどすべての人工放射線源による集団線量を、従ってその被曝被害を、歴史的に、世界の全体像として評価しようと試みた(210ページ、この努力に敬意を表し付表に掲げることとする)。それによれば、総計の集団線量は2350万人・Svとされ、放医研の挙げているUNSCEARのリスク係数462~1460人/万人・Svのがん死で計算すると、被害想定は約109~343万人となる。
 原発事故について、UNSCEARの推計によれば、集団線量は、チェルノブイリ事故が全世界で38万人・Sv(2008年報告)、福島事故が4.8万人・Sv(2013年報告)である(これらもまた著しい過小評価であるが、その点の検討も置いておく)。UNSCEARのリスク係数は、前述の通りであるので、ここからは、チェルノブイリ事故で約1.8~5.5万人、福島事故で約2200~7000人の人的被害が予測されると言うべきはずである。UNSCEARの集団線量推計では、福島原発事故についても被害は「ある」ことになっている。
 ついでに言えば、学術会議報告は、チェルノブイリで子どもとして被曝した人々の中から6000人が甲状腺がんを発症して手術を受け、うち15人が死亡したと書いている(4ページ)。UNSCEARに従うのであれば、集団線量に比例して、日本では約760人の甲状腺がんの手術例と、うち約2人の死亡が予測されることを当然想定しなければならない。だが、学術会議報告はこの点にも全く沈黙している。

 UNSCEARの方向転換(リスク過小評価からリスクゼロへ)とその矛盾

 UNSCEARは、実際に原発重大事故の被曝被害が問題になるや否や、大きく方向転換を行った。「予測上の容認できない不確かさのため、本委員会は、チェルノブイリ事故による低線量放射線に被曝した集団における影響の絶対数を予測するモデルを使用しないことを決定した」と(2008年報告日本語版第2巻64ページ)。
 だが、リスク係数の数値の「不確かさ」とリスクモデルを「使用する」かどうかは、全く関係のない別次元の問題であるはずである。だが、UNSCEARは、自分の放射線被曝リスクモデルを自分で否定することによって、放射線被曝があり集団線量は推計されてもリスクは「不確か」という論理から、集団線量があっても被曝被害が「ない」を示唆するという、リスクの存在そのものの否定につながる道に進んだ。
 2008年報告では、チェルノブイリでは134人の作業員の被害以外には人的被害は取り扱われず、白血病、甲状腺がん、白内障など一部のがん・疾病以外は事実上「ない」ことにされている。同2013年報告での福島原発事故の場合、最初から人的被害はゼロ、すべてのがん・疾患について全く「ない」ことにされている。
 UNSCEARは、放射線被曝の程度と健康影響を「収集し評価」するという本来的立場と、核保有国、国際原子力複合体、日本など原発推進国が求める、露骨な被曝被害ゼロ論との間で、いわば完全な股裂き状態、完全な腐敗と破綻に陥っている。その中で、UNSCEARは、「被曝安全安心論」を声高に叫ぶ国際的デマ宣伝機関に転化する道を進んでいる。つまり、今までは、リスクが「ある」ことを前提にリスクを「過小評価」するのが役割であったとすれば、チェルノブイリ以後とりわけ福島以後は、原発事故に際してリスクを「ゼロ」と評価し住民の放射線被害をもみ消す役割を国際的担おうとしている。
 学術会議報告を書いたいわゆる専門家たちがUNSCEARのこの転落を内外から促進しているのは疑いの余地がない。また彼らが被害ゼロ論の「科学的根拠」としてUNSCEARの「権威」を利用しようとしていることも間違いない。だが、UNSCEAR報告の内容は決して被害ゼロ論を展開しているわけではない。だから、学術会議報告はUNSCEAR報告を「科学的根拠」としていると称して、内容的には反対に自分の被害ゼロ論をUNSCEAR報告全体に押しつけようと試みているのである。

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 子どもへの被曝影響の集中、「民族の死」をも導きかねない亡国の報告書

 ある文書がどのような危険性をはらんでいるかを判断する最良の方法の一つは、その文書が主張する内容が全て実現したと仮定した場合何が生じるかを考えてみることである。学術会議報告の主旨は、福島原発事故級の苛酷事故が起こっても、子どもも含めて何の健康被害もない、診断・治療において胎児や子どもを被曝させても「問題ない」と主張することである。それを「日本の科学者の代表」としての学術会議の権威を借り、全ての科学者に、さらには広範な国民に信じ込ませ「洗脳」することである。いまそれが実現したと仮定しよう。何が起こるだろうか?
 福島原発級の重大事故が起こっても「何も健康被害がない」ことにされれば、当然、政府にとっても電力会社にとっても「事故を起こしてもよい」と科学者がお墨付きを与えたことになり、重大事故再発に向かってのモラルハザードとなる。再稼働される原発で、第二第三第四の福島級事故が起こる危険性は著しく高まるであろう。また、来たるべき事故の際、「知らない権利」に基づいて、甲状腺も含めて何の調査も行われないであろう。つまり、全国の原発は、福島と「平等に」、重大事故を起こして使えなくなるまで60年、次は80年と稼働され、事故による一切の健康被害は、隠蔽され、何の補償もなされないであろう。
 国民全体が被曝するだけではない。子どもの放射線高感受性を「無視してよい」ということになれば、未来を担う子供たちこそが被曝影響に「集中的に」曝されることになる。そうなれば、事態は、決して誇張ではなく「日本民族の滅亡」の危機に向かって進んで行くことになるであろう。
 ジェイ・マーティン・グールド氏が自著のタイトルを『エネミー・インサイド(体内の敵・国内の敵)』(邦題『低線量内部被曝の脅威』)としたことは、意味深長である。つまり、日本国民、日本民族を滅ぼそうとしているのは、トランプや安倍政権の喧伝するような「北朝鮮」ではなく、日本が事実上の仮想敵国としている中国やロシアでもなく、民族の未来を担う子どもたちに集中的に放射線被爆を強要しようとする、学術会議報告を書いた「似非」専門家たちの集団であり、それを裏で操っている安倍政権と原発推進勢力、ABCCから脈々と続くUNSCEARやIAEA、ICRPなど国際原子力マフィアなのである。彼らこそ、また彼らに支配された日本学術会議こそ、日本の、実際には世界の、「子どもの敵」である。犯罪者には、誰の目にも分かるように「子どもの大量虐殺者」という囚人票を貼り付けなければならない。


付表 UNSCEARによる歴史的に放出された人為的環境放射線源からの集団実効線量推定
付表 UNSCEARによる歴史的に放出された人為的環境放射線源からの集団実効線量推定
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原著203ページ。原注のaは右上部「集団実効線量」に付いており、この表のeは誤植と思われる。

注記:ECRRによればこの数字には全体で50分の1程の大きな過小評価がある。だがここではそのことが問題ではない。UNSCEARが全種類の線源についてリスクが「ある」と認めている点こそ重要である。

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