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 ◆ ICRPの改定案に対する意見-被ばくから住民を護る基準に!
 住民を被ばくから護る基準を求める市民と科学者(連絡先:山田耕作 kosakuyamada@yahoo.co.jp)

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 パブリック・コメントを提出するに際して、2つの大きな疑問を述べておきたいと思います。まず第一に、パブリック・コメントを集める対象は、今回は、草案自体は一部のみの翻訳であり、基本的に英語を理解するもののみを対象としているので、パブリックと言いつつ、きわめて限定的で差別的に収集している点です。

 第二に、今回も含めて草案にたずさわっている当事者は、ICRPの基準を日本に導入することを検討する当事者でもあるので、利益相反にあたるのではないか、という点です。基準を作る側、基準を導入する側は本来立場が違うはずなのに、ICRPの基準については、それを取り入れるのが前提で進められているところがおかしいと思います。その一方で、IPPNWの勧告やアナン・ド・グローバー氏の勧告は、ICRPも日本政府も無視している状態です。基準を作る側も取り入れる側も、本来多様な研究・提言の中で、よりよいものを選択する必要があるはずなのに、予定調和がなされているのは、大変な問題だと思います。

(1)ICRP2007年勧告の問題

 現在日本政府がとっている住民帰還政策では年間20mSvを規準にしていますが、それは国際放射線防護委員会(ICRP)が提唱するICRP2007年勧告での推奨値を参考に決められました。

 しかし、ICRP2007年勧告自体が、2011年3月の時点で、日本の法令になっていたわけではなく、福島第一原発事故のどさくさに紛れて取り入れらました。しかもICRP2007はチェルノブイリの経験を踏まえ、出来るだけ避難者を少なくすることで、政府と電力会社の賠償責任などの負担を少なくすることを狙ったものであることが考えられます。

 日本の法令に取り入れることを検討する文部科学省放射線審議会の基本部会は、2009年3月13日(第19回)から2011年1月12日(第38回)まで、20回にわたって、ICRP2007年勧告の国内法受け入れを検討しました。基本部会の委員としては、東京電力株式会社福島第一原発の副所長(第25回基本部会より)や、東電環境エンジニアリング株式会社 原子力事業部長(第19回基本部会から第24回基本部会まで)など、東京電力の関係者が常に入っており、原子力発電を推進する側の影響下に基準が検討されていたといえます。利害関係者が委員となっている時点で利益相反です。同部会は、2011年1月に出した第二次中間報告において、「(3-d)緊急時における公衆被ばくに適用する参考レベルについて」として次のように提言しています。
 (基本部会の提言)
 緊急時被ばく状況における公衆に対する参考レベルに関して、ICRPが提案する線量(20~100mSv)は、緊急時における防護措置の実施の要否、防護の最適化、および更なる防護措置の必要性を判断するための総合的な戦略に関する指標として妥当であり、我が国においても防護活動計画の策定のためにこの指標を考慮すべきである。また我が国でこれまでに提案された個々の防護措置(屋内退避及び避難、安定ヨウ素剤予防服役用等)に関する基準は、個々の防護措置の実施の要否を判断するための初動値として継続して適用可能である。
 このように、文部科学省放射線審議会基本部会は、原発事故よりも前に公衆に対する参考レベルについてのICRP2007年勧告導入について具体的に提言していました。ICRP2007年勧告は日本の法令に反映されたわけではないのに、原発事故後、導入されたのです。

 しかし、この導入に対しては強い批判がありました。2011年4月29日、放射線審議会基本部会のメンバーであった内閣官房参与の東京大学大学院教授は辞意表明をした際には、学校施設の利用基準が年間20mSvであることに対して、「この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と述べました。それだけ、年間20mSvという基準が不適切であることを示しています。ICRP2007年勧告の導入自体が、そもそも法令違反なのです。


(2)ICRPの歴史的問題

 ICRPの公式のホームページではICRPを「放射線防護科学を公衆の利益を進める独立した国際組織」としています。また「イングランドとウェールズの慈善団体委託に登録された(登録番号1166304)慈善団体、とのことですが、果たして公衆の利益を進めるチャリティー団体なのでしょうか。

 歴史を振り返ると、ICRPの前身は1928年に発足したIXPRC(International X-Ray and Radium Protection Committee:国際X線・ラジウム防護委員会)です。1950年に初会合が開かれたICRPは、米国放射線防護委員会(NCRP)議長のL・S・テイラーが中心となって組織されました。NCRPとは1946年に発足し、広島・長崎の原爆を開発したマンハッタン計画で放射線人体影響の専門家として携わったスタッフォード・ウォレン(同計画の医学部長)らが執行委員となっていました。またマンハッタン計画に従事した科学者たちが中心メンバーでした。さらにマンハッタン計画を引き継いで米国の核開発を担ったのは米原子力委員会という連邦政府機関ですが、その生物医学部長を務めたシールズ・ウォレンが執行委員となりました。ICRP発足の経緯そのものからして、マンハッタン計画やそれを引き継ぐ米原子力委員会(AEC)の影響が大きい、米国の核戦略の強い影響力を受けていたといえます。そうした組織の基準が、国際的だとして福島県内の子どもたちに適用されているのです。しかも、公衆への基準が1990年勧告において年1ミリシーベルトとなり、この勧告については日本の法令に反映されていますが、その20倍もの基準が、しかも「緊急時」ではなく永続的に、胎児・幼児・子どもにまで適用されたのです。


(3)ICRP改定案の問題

 今回の草案は、ICRP2007に少し手を入れたようですが、10mSvと被ばくを20mSvから減少させたようにいいながら、 図からは10mSvは分布の中央値であると理解され、それを越えてはならない被ばく限度としておらず、むしろ現在以上の被ばくを容認する危険性を持つ提案です。被曝によって何らの利益を得ることがない公衆に被曝を我慢させる案です。改正案の危険性はこの参考レベルが中央値であるような図2.3として出され、被ばく限度でないことです。

 今回の改訂は、事実上、「世界の住民全体」の基準になります。その改定をICRPに迫る衝動力は次の3点に有ります。①今後世界的規模でチェルノブイリ・福島級事故が繰り返されることが想定されている。②トランプアメリカ大統領等の「使える核兵器」による核戦争が想定されている。③核兵器による攻撃が、原発あるいは核施設に対して行われる場合、両方の事態が組み合わさって生じることが想定されています。そのための緊急時の被ばく基準改正であり、極めて危険なものであると言うことです。いうまでもなく「使える核兵器」などないことは、広島・長崎の例が示しています。しかし、ICRPの基準は核戦争・核被災を前提としている点で、被災者を切り捨てることを合理化する基準だといえるのではないでしょうか。

 ICRPの使用してきたALALA(As Low As Reasonably Achievable)の原則は、社会的・経済的要因を考慮しながら「合理的に達成可能な限り低く」するという意味で使用されていますが、そもそもどのような立場からの社会的・経済的要因か、そしてその合理性が誰に向けられているのかが問題です。核産業を前提とした「社会的・経済的」が成り立つ範囲での、放射線への感受性の強い人々の存在を排除した「合理性」です。つまりは、とりわけ感受性の高い胎児・乳児・子どもたち生命・身体に影響がない程度に低くおさえることを目的にしているわけではありません。ICRPは核産業が置かれた状況の変化のもと、「アラーラ原則」から「正当化」「最適化」「参考レベル」、そして 「ステークホルダー」および「共同専門性」と、一連の概念の創出によって、事故による放射能汚染下での生活に被災者を慣れさせ、住民に放射能汚染下での生活を選択せざるを得ない状況を作り出してきたのではないでしょうか。ステークホルダーといったとき、その利害関係者とはICRPの想定する関係者であり、そこには被災から逃れている避難者が含まれてはいないようです。このような概念は核産業の、核産業による、核産業のための概念であって、けっして一般公衆の、一般公衆による、一般公衆のための概念ではありません。

 日本国憲法前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と、平和的生存権が謳われています。また世界人権宣言では、第3条、第6条、第8条、第13条1にて次のように謳われています。
第三条 すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。
第六条 すべて人は、いかなる場所においても、法の下において、人として認められる権利を有する。
第八条 すべて人は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する。
第十三条 1 すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する。
 しかし、日本で起こった福島第一原発事故によって被災した住民は、放射線被曝を含むさまざまな恐怖の状況下に置かれ、平和のうちに生存する権利を奪われています。また、避難している住民も、安全に平和に生活してゆくための、賠償・補償を受けていないどころか、住宅を追われている状況です。「生命、自由及び身体の安全に対する権利」が侵され、「救済を受ける権利」を脅かされ、「自由に移転及び居住する権利」が奪われているのです。ICRPの使用してきた概念にのっとった基準を、住民に適用することは、憲法違反であり、世界人権宣に反した基準を住民に適用するということです。ICRP2007年緊急時の勧告、さらには改定草案は住民に被ばくをさせることを前提としており、これはもう放射線防護基準ではありません。

 放射線影響史が専門の中川保雄は『増補 放射線被曝の歴史:アメリカ原爆開発から福島原発事故まで』(明石書店、2011年)の中で「ICRPとはヒバクは人民に押しつけ、経済的・政治的利益は原子力産業と支配層にもたらす国際委員会である」と述べているように、公衆の利益のためのチャリティ団体どころか、原発事故が起ころうとも、一般公衆を年10ミリシーベルトの基準に永続的に押し込み、原発を推進するための基準を提供する団体、といえるのではないでしょうか。

 私たちは人間の生命・健康を護るという人権の立場から考えると緊急時だからと言う理由でより多くの被ばくを許容できるとすることはできないと考えます。生命・健康に危険が及ぶのであればその場に留まったり、まして居住することはできません。できる限り速やかに避難すべきであり、新たな基準を設けて滞在を認めることは人権に反することです。避難の権利を認め、経済的にも避難者の生活を保障すべきです。もし仮に避難が社会的に保障できないならば避難を必要とする原発等の核施設の存在を許してはなりません。私たちは、ICRPに現行の年間1mSvの被ばく限度を守ることを求めます。さらに個人の感受性の違いや子ども・妊婦等の被ばく弱者への配慮および、多大な影響が予測される内部被曝を重視することを求めます。


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